ホールのご案内

浅草唯一の落語定席

浅草唯一の落語定席 明治17年から続く浅草笑いの伝統!

浅草演芸ホールは、鈴本演芸場(上野)、新宿末廣亭、池袋演芸場とならぶ、東京の「落語定席」のひとつです。
「落語定席」とは、1年365日、休まずいつでも落語の公演を行っている劇場のことで「寄席(よせ)」とも呼びます。
昭和39(1964)年のオープン以来、10 日替わりで落語協会と落語芸術協会が交互に公演を行っています。
落語のほかにも、漫才、漫談、コント、マジック、紙切り、曲芸、ものまねなど、バラエティーに富んだ番組をご用意しています。
昼の部と夜の部は、原則として入替えがありませんので、お好きな時間においでになって、心ゆくまで「演芸」をお楽しみいただけます。
萩本欽一やビートたけしなどを輩出した、お笑いの殿堂「浅草演芸ホール」に、是非一度お越しください。

  • 浅草演芸ホールの歴史
  • 座席について
  • バリアフリーについて

浅草演芸ホールの歴史

東京オリンピックの年に浅草に寄席が誕生

東京オリンピックの年に浅草に寄席が誕生

昭和39(1964)年、「浅草フランス座」を増築してつくられた4階と5階に、「浅草演芸ホール」は生まれました。
当時の浅草には寄席がなく、落語定席が待望されていたなかでの開業でした。
東京オリンピックが開催されたこの年は、テレビ時代の幕開けともいえる年で、その後、娯楽の中心が劇場からテレビへと移っていきます。
しかし、今では伝説の名人ともいわれる、桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭円生が現役で高座に出て、古今亭志ん朝、立川談志、五代目三遊亭円楽がまだ若手だった当時。浅草演芸ホールには、次第にお客様がいらっしゃるようになりました。
「爆笑王」と呼ばれた初代林家三平も、忙しいテレビ出演の合間を縫うようにして高座に上がるなど、多くの落語家から愛される寄席だったのです。

東洋劇場の閉館、演芸ホールが1 階に移動

東洋劇場の閉館、演芸ホールが1 階に移動

夏の定番・住吉踊り

昭和46(1971)年、軽演劇専門の劇場であった「東洋劇場」の閉館にともない、浅草演芸ホールは1 階に移ります。
昭和53(1978)年からは、八代目雷門助六が継承していた伝統芸の「住吉踊り」を古今亭志ん朝が興行として復活させました。
この「住吉踊り」は浅草演芸ホールの夏の風物詩として、今でもたくさんのお客様に親しまれています。

テレビ・メディアとの共存

テレビ・メディアとの共存

テレビ東京
正月中継(ビートたけしと)

みのもんたが司会、鈴々舎馬風(落語協会前会長)がハリセン大魔王に扮したテレビ番組『生放送!お笑い名人会』『生放送!おもしろ寄席』(テレビ東京系列火曜夜8 時枠)が生中継された。テレビ番組であるので、協会の別なく出演した。例えば、落語立川流の噺家、トニー谷や大阪吉本興業の漫才師も普通に舞台に上がった(番組収録という機会でなければ考えられないことである)。
TBS 金曜ドラマ『タイガー& ドラゴン」に登場する寄席で、出入り口がロケ地として劇中に多数登場した(ただし、場内は新宿末廣亭を模して造られたセット)。
2004 年4 月より、このホールによる「落語協会」「落語芸術協会」の興行の模様を収録した番組『浅草お茶の間寄席』が、チバテレビなどで放送されている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

座席について

座席について

当寄席は、基本的に全席自由席ですので、座席指定はお受けできません。
ただし、10名様以上の団体様につきましては、昼の部の12時までにご入場いただける場合に限り座席の確保が可能です(ただし、正月、GW、お盆の期間は対象外)。また、夜の部からの団体予約も可能です。詳しくはお問い合わせください。

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バリアフリーについて

バリアフリーについて

当寄席は、1階席すべて「バリアフリー」です。車椅子のお客様専用のお手洗いも1か所ございます。
また、客席はすべて「固定椅子席」となっておりますので、客席のすぐ傍まで車椅子を持っていくことが可能です。
原則的に車椅子から「固定椅子席」に移っていただくことになりますが、車椅子のままでしかご観覧いただけない場合は、その旨をお申し出ください。ただし、車椅子を据え置くスペースが限られている関係で、ご希望に添えない場合がありますので予めご了承ください。

障害をお持ちの方へ

障害者手帳をお持ちいただければ、入場料金の割引をいたします。
例:大人2,800円のところ、500円割引で2,300円
なお、付添いのお客様は、障害者手帳1冊につき1名様
は同じ料金にいたします。

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